午前中、娘の機嫌がどうも悪かった。
どうして機嫌が悪いのか、本人がうまく言葉にできるわけもないので、本当はよく見て推し量らねばならないのだろうが、私はそういうことがあまり得意ではない。
昼寝から起きると、機嫌は戻っている。
凧を上げたいというので、近くの波止場に行って、凧を上げる。
さすが海からの風は強く、凧はいとも簡単に上がる。
ほとんど走る必要もない。
35mのタコ糸はあっという間に伸び切ってしまい、そうなってしまうと、そんなに高く上がっているようにも思えない。
秋の空はもっとずっと高い。
娘は大層よろこんでいるが、もっと高いところまで上がれば、もっと喜ぶだろう。
次は長いタコ糸を調達しておこう。
この波止場にはほとんど車通りのない直線道路があり、芝生に覆われた小高い丘がいくつも連続してある。良く滑るすべり台と、ターザンロープも設置してある。
自転車の練習をしたり、追いかけっこをしたり、何度も何度もすべり台を使ったりして、1時間半ほど遊んだ。
岸壁では何組もの親子が釣りを楽しんでいた。
日差しは強かったが、風があって、すごしやすい秋の午後だった。
2019/09/15
2019/09/14
何もない土曜日
休日に仕事をしなくなって五年目になる。
つまりそれは、演劇部の顧問をしなくなって、ということだ。
高校教員の仕事のうち、労力の半分は部活運営によるものだった、ということが今となってはよく分かる。
娘がウチに来てくれたのが、ほぼ五年前。
12月に来てくれて、それから1月、2月、3月。この間、これまで通りの仕事量で、かつ子育てをしていたので、だいぶ無茶な生活だった。
三か月ちょっとの期間ではあったが、私が子育てできない分は、全て妻が背負ってくれた。
行政職に異動になって、部活動が無い分、そして生徒相手の仕事でなくなった分、子育てができるようになったのは、本当に僥倖だった。
高校の教員をしながら子育てをしなければならなかったとしたら、私たち一家はおそらく、保留なく崩壊していただろう。
話がそれた。
休日に仕事をしない、という話だった。
仕事をしないで、いったい何をしているのかといえば、もちろん子育てだ。
今朝は6時過ぎに起きた。
娘が寝転がったまま、こちらを見ている。
今のところ、娘と一緒に寝るのは私の役割なので、朝の世話も私がすることになっている。
起きるか、と聞くと、何か見たい、と言う。
携帯で何か動画を見せる。
ユーチューブのリコメンドに、スライムの作成動画が示されている。それを見たいと言う。
8分程度の動画だったので、二人で小さな画面でそれを見る。
赤い血糊のようなスライムを作り、ゴム手袋に詰めて、爪の部分を切ってホラーな感じの絵を撮る、という趣向のものだった。
この人の動画はいつも、いきあたりばったりにやっているように見える。計算づくなのだろうとは思うけど、ぼんやり見ている分にはちょうど良い緩さだ。
見終えて、朝食の準備をする。
妻が前夜のうちに準備してくれているので、私はレンジで温めてサーブするだけ。
朝ご飯を食べ終えて大きなレゴブロック(デュプロシリーズ)で遊んでいると、妻が起きてきて、出勤の準備を始める。彼女は勤務日なのだ。
デュプロではミッキーマウスがワニに乗って暴れている。台車の上の象に乗った男の子がそれを見ている。
妻を見送ったあと、風船で遊びたいというので、赤い風船を膨らませて、二人で団扇でバドミントンのようなことをする。
4歳児というのは身体能力が日進月歩なので、どんどん出来ることが増えていく。
ひとしきり打ち合ったので、犬の散歩に出かけることにする。
名目は犬の散歩だが、実際には近所の公園にブランコに乗りに行くのだ。
ブランコを押してもらうことに大きな幸せを感じているようなので、休日の朝は公園に行かないわけにいかない。犬にしてみればブランコの脇のわずかな日陰にじっとしているよりなく、暑いだけで迷惑だと思うのだが、特に嫌がる様子もない。
15分もブランコを押していると、満足したらしく、帰宅することになる。
その後、車に乗っておでかけ。
近くの子育て支援センターに行く、と言ってきかないので、行ってみる。
この支援センターは彼女が通っている保育園と同敷地内にあり、ほぼ毎日夕方行っている場所なのだ。どうして休日にまで行きたいと思うのか不明だが、行きたいのだろうから、連れていく。
先客は一組の父娘。年下の娘さんのようだ(後で聞いたら3歳児;2歳下だった)。母親同士であるならば会話するところなのだろうが、父親というのはなかなかコミュニケーションを取るところまでいかない。
私も子育ての現場では積極的にコミュニケーションを取ろうと思ってないので、何となく同じ場所で遊ばせている、という感じになる。
木製の線路を組んで電車を走らせたり、井形のブロックで鉄砲を作って戦争ごっこをしたり、大きな布製のサイコロを振って出た目で追いかけっこをしたり。
だんだんお客さんが増えてきて、混んでくる。
和室でお絵かきをしていると、前述の小さな女の子が一緒にお絵かきをしたいとやってくる。
お父さんと少し話をする気配になり、子育ての方が仕事より大変ですよね、ということで、一致する。
子育ては見通しをもって時間が進められない。子どもと同じように「今」を生きるしかない。それは大人にとっては、結構、大変なことだ。
支援センターを出たのが11時。
彼女は12時半にはお昼ご飯を食べ終えて、昼寝を始めるスケジュールになっている。
この時間からでは、ほとんど何もできない。
凧で遊びたい、との希望を昨晩から持っていたので、物置小屋に置いてある破れてしまった手作りの凧を見せ、新たに凧を調達しなければならないことを納得させ、セリアに連れていく。
セリアにはカラフルなカイトが置いてあったが、もちろん、隣の棚のおままごとセットが気になる。売り物をガチャガチャと取り出して、これは保育園にある、これも保育園にある、先生はここで買ったのか、など一人で納得している。
いろいろと欲しがるが、凧しか買わないよ、と説得しレジでお金を払わせ、出口に向かうと三文判タワーが目に入ったらしく、私の名前のハンコはどれだと尋ねる。
あいうえお順に並んでいることを説明し、ほら、この二つ並んでいるのが、私たちの名前だと説明する。漢字が読めるわけでもないので、微妙な顔でハンコを見ている。
お昼ご飯はオムライスがいいと言うので、マックスバリュに向かう。
途中見かけたセブンイレブンで、菓子パンを買いたいと言い出す。今からお昼ご飯だというのに、なぜ菓子パンが欲しいのか。
何度も説得するが、どうしても菓子パンを買うと言ってきかない。
買っても良いが、今は少ししか食べないこと、お昼ご飯は必ず全部食べることを約束して、セブンに入る。
パンケーキ(2枚入り)を選んだので、購入し、車の中で1枚だけ出して、半分だけ食べさせる。もう半分は私が食べる。しまった。思ったより甘い。ほっぺにメープルシロップのジェルが付くのでティッシュで拭く。
向かいのマックスバリュに入ると、プリンを作りたいというので、粉末のプリンの素を買う。牛乳で作るのと、お湯で作るのがあったので選ばせると、お湯で作る方が良いという。
チャーハンは向こうだ、と主張する彼女をなだめ、逆方向の冷凍ケースに向かう。ケースの中のチキンライスを見せると納得したらしい。どこかの店舗と勘違いしていたのだろう。チキンライスとプリンの素を購入して帰宅。
チキンライスを大皿に盛り、電子レンジに入れ、レンジのボタンダイヤル操作をさせ、スイッチを入れさせる。
器に卵を割らせ、箸を渡してかき混ぜさせる。
湯沸かしポットのスイッチを入れ、カラメルソースの粉を小鉢に入れさせ、計量カップで水を加え、スプーンでかき混ぜさせる。黒い色になるのが楽しい様子。こぼしたカラメルソースをティッシュで拭きとり、スプーンをくわえさせる。甘いと喜ぶ。
プリンの粉をボールに入れさせ、沸いたお湯を加えて、大きなスプーンでかき混ぜさせる。熱いからね、と三回注意する。
溶け切っていないのだが、私がかき混ぜようとすると嫌がるので、仕方ない、計量カップで量った冷たい牛乳を注ぐ。
まだダマが残っているようだが、ここからは時間勝負なのでどんぶりに移させて冷蔵庫に入れる。
レンジが鳴るので、熱い大皿を食卓に運ぶ。小さな器を選ばせて、チキンライスをこれに詰めて皿にひっくり返すように言い、スプーンを渡す。熱いからね、と一回注意する。
その間、先に割らせた卵をフライパンで薄焼きにする。
焼いていると、おとうさーん、ひっくりかえしたー、と声がする。
見に行くと上手くひっくり返せている様子。チキンライスも散らばっていない。器を持ち上げるといい感じでチキンライスが小山になっている。
焼きあがった薄焼き卵をチキンライスの上にかけて、ケチャップで顔を描く。
好きなものはあっという間に食べる。
隣で余ったチキンライスを食べていると、食べ終わった娘が机の上のセブンのパンケーキを見ている。半分食べるのだそうだ。まあいいや。私も残った半分を一緒に食べる。
食べ終わって皿を洗っている間に、歯を磨くように言う。
素直に歯を磨きだす。珍しい。
ここまでで12時半。
このあと、昼寝をさせて、3時に起こし、プリンを食べさせて、公園に行き、凧を上げ、風がなくて凧は上がらず、実家に行き、じいじばあばと遊ばせ、帰宅した妻から具合が悪いので二人で外食してくるようメールが届き、二人で回転ずしに行き、帰宅し、風呂に入れ、キーボードのデモ音楽で一緒に踊り、絵本を読み、寝かしつけ、そうこうしているうちに一日が終わる。
いつも通りの、何もない土曜日。
つまりそれは、演劇部の顧問をしなくなって、ということだ。
高校教員の仕事のうち、労力の半分は部活運営によるものだった、ということが今となってはよく分かる。
娘がウチに来てくれたのが、ほぼ五年前。
12月に来てくれて、それから1月、2月、3月。この間、これまで通りの仕事量で、かつ子育てをしていたので、だいぶ無茶な生活だった。
三か月ちょっとの期間ではあったが、私が子育てできない分は、全て妻が背負ってくれた。
行政職に異動になって、部活動が無い分、そして生徒相手の仕事でなくなった分、子育てができるようになったのは、本当に僥倖だった。
高校の教員をしながら子育てをしなければならなかったとしたら、私たち一家はおそらく、保留なく崩壊していただろう。
話がそれた。
休日に仕事をしない、という話だった。
仕事をしないで、いったい何をしているのかといえば、もちろん子育てだ。
今朝は6時過ぎに起きた。
娘が寝転がったまま、こちらを見ている。
今のところ、娘と一緒に寝るのは私の役割なので、朝の世話も私がすることになっている。
起きるか、と聞くと、何か見たい、と言う。
携帯で何か動画を見せる。
ユーチューブのリコメンドに、スライムの作成動画が示されている。それを見たいと言う。
8分程度の動画だったので、二人で小さな画面でそれを見る。
赤い血糊のようなスライムを作り、ゴム手袋に詰めて、爪の部分を切ってホラーな感じの絵を撮る、という趣向のものだった。
この人の動画はいつも、いきあたりばったりにやっているように見える。計算づくなのだろうとは思うけど、ぼんやり見ている分にはちょうど良い緩さだ。
見終えて、朝食の準備をする。
妻が前夜のうちに準備してくれているので、私はレンジで温めてサーブするだけ。
朝ご飯を食べ終えて大きなレゴブロック(デュプロシリーズ)で遊んでいると、妻が起きてきて、出勤の準備を始める。彼女は勤務日なのだ。
デュプロではミッキーマウスがワニに乗って暴れている。台車の上の象に乗った男の子がそれを見ている。
妻を見送ったあと、風船で遊びたいというので、赤い風船を膨らませて、二人で団扇でバドミントンのようなことをする。
4歳児というのは身体能力が日進月歩なので、どんどん出来ることが増えていく。
ひとしきり打ち合ったので、犬の散歩に出かけることにする。
名目は犬の散歩だが、実際には近所の公園にブランコに乗りに行くのだ。
ブランコを押してもらうことに大きな幸せを感じているようなので、休日の朝は公園に行かないわけにいかない。犬にしてみればブランコの脇のわずかな日陰にじっとしているよりなく、暑いだけで迷惑だと思うのだが、特に嫌がる様子もない。
15分もブランコを押していると、満足したらしく、帰宅することになる。
その後、車に乗っておでかけ。
近くの子育て支援センターに行く、と言ってきかないので、行ってみる。
この支援センターは彼女が通っている保育園と同敷地内にあり、ほぼ毎日夕方行っている場所なのだ。どうして休日にまで行きたいと思うのか不明だが、行きたいのだろうから、連れていく。
先客は一組の父娘。年下の娘さんのようだ(後で聞いたら3歳児;2歳下だった)。母親同士であるならば会話するところなのだろうが、父親というのはなかなかコミュニケーションを取るところまでいかない。
私も子育ての現場では積極的にコミュニケーションを取ろうと思ってないので、何となく同じ場所で遊ばせている、という感じになる。
木製の線路を組んで電車を走らせたり、井形のブロックで鉄砲を作って戦争ごっこをしたり、大きな布製のサイコロを振って出た目で追いかけっこをしたり。
だんだんお客さんが増えてきて、混んでくる。
和室でお絵かきをしていると、前述の小さな女の子が一緒にお絵かきをしたいとやってくる。
お父さんと少し話をする気配になり、子育ての方が仕事より大変ですよね、ということで、一致する。
子育ては見通しをもって時間が進められない。子どもと同じように「今」を生きるしかない。それは大人にとっては、結構、大変なことだ。
支援センターを出たのが11時。
彼女は12時半にはお昼ご飯を食べ終えて、昼寝を始めるスケジュールになっている。
この時間からでは、ほとんど何もできない。
凧で遊びたい、との希望を昨晩から持っていたので、物置小屋に置いてある破れてしまった手作りの凧を見せ、新たに凧を調達しなければならないことを納得させ、セリアに連れていく。
セリアにはカラフルなカイトが置いてあったが、もちろん、隣の棚のおままごとセットが気になる。売り物をガチャガチャと取り出して、これは保育園にある、これも保育園にある、先生はここで買ったのか、など一人で納得している。
いろいろと欲しがるが、凧しか買わないよ、と説得しレジでお金を払わせ、出口に向かうと三文判タワーが目に入ったらしく、私の名前のハンコはどれだと尋ねる。
あいうえお順に並んでいることを説明し、ほら、この二つ並んでいるのが、私たちの名前だと説明する。漢字が読めるわけでもないので、微妙な顔でハンコを見ている。
お昼ご飯はオムライスがいいと言うので、マックスバリュに向かう。
途中見かけたセブンイレブンで、菓子パンを買いたいと言い出す。今からお昼ご飯だというのに、なぜ菓子パンが欲しいのか。
何度も説得するが、どうしても菓子パンを買うと言ってきかない。
買っても良いが、今は少ししか食べないこと、お昼ご飯は必ず全部食べることを約束して、セブンに入る。
パンケーキ(2枚入り)を選んだので、購入し、車の中で1枚だけ出して、半分だけ食べさせる。もう半分は私が食べる。しまった。思ったより甘い。ほっぺにメープルシロップのジェルが付くのでティッシュで拭く。
向かいのマックスバリュに入ると、プリンを作りたいというので、粉末のプリンの素を買う。牛乳で作るのと、お湯で作るのがあったので選ばせると、お湯で作る方が良いという。
チャーハンは向こうだ、と主張する彼女をなだめ、逆方向の冷凍ケースに向かう。ケースの中のチキンライスを見せると納得したらしい。どこかの店舗と勘違いしていたのだろう。チキンライスとプリンの素を購入して帰宅。
チキンライスを大皿に盛り、電子レンジに入れ、レンジのボタンダイヤル操作をさせ、スイッチを入れさせる。
器に卵を割らせ、箸を渡してかき混ぜさせる。
湯沸かしポットのスイッチを入れ、カラメルソースの粉を小鉢に入れさせ、計量カップで水を加え、スプーンでかき混ぜさせる。黒い色になるのが楽しい様子。こぼしたカラメルソースをティッシュで拭きとり、スプーンをくわえさせる。甘いと喜ぶ。
プリンの粉をボールに入れさせ、沸いたお湯を加えて、大きなスプーンでかき混ぜさせる。熱いからね、と三回注意する。
溶け切っていないのだが、私がかき混ぜようとすると嫌がるので、仕方ない、計量カップで量った冷たい牛乳を注ぐ。
まだダマが残っているようだが、ここからは時間勝負なのでどんぶりに移させて冷蔵庫に入れる。
レンジが鳴るので、熱い大皿を食卓に運ぶ。小さな器を選ばせて、チキンライスをこれに詰めて皿にひっくり返すように言い、スプーンを渡す。熱いからね、と一回注意する。
その間、先に割らせた卵をフライパンで薄焼きにする。
焼いていると、おとうさーん、ひっくりかえしたー、と声がする。
見に行くと上手くひっくり返せている様子。チキンライスも散らばっていない。器を持ち上げるといい感じでチキンライスが小山になっている。
焼きあがった薄焼き卵をチキンライスの上にかけて、ケチャップで顔を描く。
好きなものはあっという間に食べる。
隣で余ったチキンライスを食べていると、食べ終わった娘が机の上のセブンのパンケーキを見ている。半分食べるのだそうだ。まあいいや。私も残った半分を一緒に食べる。
食べ終わって皿を洗っている間に、歯を磨くように言う。
素直に歯を磨きだす。珍しい。
ここまでで12時半。
このあと、昼寝をさせて、3時に起こし、プリンを食べさせて、公園に行き、凧を上げ、風がなくて凧は上がらず、実家に行き、じいじばあばと遊ばせ、帰宅した妻から具合が悪いので二人で外食してくるようメールが届き、二人で回転ずしに行き、帰宅し、風呂に入れ、キーボードのデモ音楽で一緒に踊り、絵本を読み、寝かしつけ、そうこうしているうちに一日が終わる。
いつも通りの、何もない土曜日。
2019/09/13
橋本治
橋本治が亡くなってしばらく経つ。
私の周囲に橋本治を読む人がいなかったせいか、あまり話題になることもなかった。
学校の図書館で「ひらがな日本美術史」を見かけたので職員室に持ち込んでパラパラとめくる。昨年の秋に1巻だけで良いので、と、司書の先生にお願いして入れてもらった本だ。
1巻は埴輪の話から始まる。隣に日本古代史を専門としている先生が座っているので、面白いですよ、と言ってみる。
橋本治が書いてるんですけど。
ああ、桃尻娘の。
うん、そうだよな。橋本治を読まない人は、彼を桃尻娘の人だと思う。桃尻娘は確かに現代日本口語を用いた挑戦的な作品だったけど、そうやって一言で言われてしまうと、少しへこむ。
橋本治は革命的半ズボン主義宣言だし、蓮と刀だし、花咲く乙女たちのキンピラゴボウだし、風雅の虎の巻だし、手トリ足トリだし、窯変源氏だし、そしてこのひらがな日本美術史だ。
世間ではおかしいとされていることでも、きっちり理屈さえ通してしまえば、何をやってもいい。むしろ、おかしいのは世間の方だと大声で言ってしまった方が勝ちだ。
ということを、高校生の私に教えてくれたのは橋本治だった。
何の力もなく、自分を信じることができず、言いたいことはある気がするのに何を言ったら良いのかわからなかった私を救ったのは、河出文庫から出ていた橋本治の一連の著作集だった。
ひらがな美術史を読むと、橋本治の天才性はすぐにわかる。
あの素晴らしくキレの良い評論には、根拠がほとんどない。
彼は美術作品をよく見て、よく見たうえで、自分の内側に起こった感慨を、手持ちの言葉と知識で誠実に形にしていく。
大型本で印刷が鮮明なので、掲載されている図版で本文の説明にある描写を見ることができるのだが、私の感性では橋本治が捉えているようには、とうてい見えないことも多い。
ほんとかな、考えすぎなんじゃないかな、ただの思い込みなんじゃないかな、と思うことも度々ある。
でも、それでいいのだ。
橋本治は、そういう文章を書く人なのだ。
私は橋本治が世界を見るように、世界を見たいと思って、本を読むのだ。
橋本治を通して見る世界は、とても美しい。
人間は多くの欠点を持っている。そして、そうであるからこそ愛おしい。
私もそういう風に世界を見たい。
橋本治と若い時分に出会えたことは、本当に幸運なことだった。
彼が亡くなってしまった衝撃を、周りの人と共有できなかったことは、とても辛いことだった。
この文章を書いて、それにやっと気付いた。
恩人の死にあたって、適切な言葉を持っていない。
ありがとうございました、では足りないし、ご冥福をお祈りします、では硬いだろう。
大好きでした。が、一番近いかもしれない。
橋本治を送るには適切な言葉であるようにも思う。
大好きでした。
2019/09/12
水族館、早稲、いつもそれ
教員の働き方改革、といえば、まったく進まないことの代名詞みたいなものだが、制度としては、年休もあるし、夏季特休もある。
県教委からの強いお達しで、夏季特休6日間は完全に消化しなければならない。
今年の盆休みはカレンダー通りでも結構長かったので、8月中には4日間しか夏休みを取らなかった。9月中にあと2日間休まなければならない。
というわけで、今日は1時間目に会議をして、3時間目に授業をしてから夏休みをもらった。
特休は1日単位でしか取れないので、3時間目までの業務については、透明人間扱い。
休日は4歳の娘と行動を共にしているので、自分の好きなところに行く機会はほとんど無い。平日にお休みを取ると、娘が保育園に行っている間は自由に出歩くことができる。
とりあえず晴れているので、水族館に行ってみる。
クラゲで有名なこの水族館には、よく娘と一緒に来る。
でも、娘の興味の対象と、私の興味の対象はずいぶん違うし、4歳児の集中力は長く続かないので、ひれあしショーを見てクラゲアイスを食べて帰ろう、ということになってしまう。
私はタコが見たいのだ。カメも見たい。クラゲも、もっとぼんやり長い時間見たい。
というわけで、平日の昼に、半袖のワイシャツを着たおじさんが、一人でずーっとタコの水槽の前に立っていることになる。
この水槽の中には大きなミズダコが二匹いるのだが、本当にタコというのは何だかよく分からない生き物だ。あれはいったい何なのだろう。
おそらく呼吸器なのだろうけど、目の横あたりに穴が開いていて、水がかなりの勢いで出入りしている。時折、何か複雑な形をした器官が水と一緒に出入りしたりする。
よく分からない。
よく分からないので、ずーっと見ている。
カメは前に来た時より数が減っていた。
冬の間、冷たい日本海に迷い込んだカメを保護しているのだそうだ。夏になって海水温が上がったら、沖で放流してあげるのだという。5月に来たときは5匹くらいいたのが、2匹しかいなくなっていた。
水槽に残っていたカメはまだ小さかった。もう少し大きくなるまで保護するのだろう。
アカウミガメは甲羅がトゲトゲで、アオウミガメは甲羅がスベスベなのだそうだ。逆だったか。
スベスベの小さいカメは元気に泳いでいて、水槽に頭からぶつかったりしていた。コツン、くらいだが、あれは痛くないのか。
クラゲは、お客さんの多くはミズクラゲの大群に歓声を上げるのだが、私はズッキーニみたいな形のクラゲが好きだ。体の周囲が光を受けて虹色に光る。どちらが前でどちらが後ろか分からない。水流に乗ってただただ漂っている。
いずれにしても何を考えているのか分からない生き物たちを、水槽の前に突っ立ってずーっと見ていた。特に教訓は無い。
そうこうしているうちに2時間くらい経ってしまったので、大きな本屋に移動。
こちらに越してきてじき2年になるが、大きな本屋が近所に無い、というのは本当に困ったことだ。
必要な本ならネットで買えばいいのだが、本屋で本を見て歩く、というのはネットで本を探すこととは根本的に違う。
普段見ない棚の本を2時間くらい見てまわる。
帰り道、田んぼで稲刈りをしているのを見かける。
早稲なのだろうけど、もうそんな時期か。
天気がいい。風が涼しくて心地よい。
帰宅してみんなで夕食を食べる。
今日はすみれ組さんは、お休みの人はいなかった?
と娘に聞くと、嫌そうな顔をして
またー?いっつもそれ。
と言われる。話の取っ掛かりとしては悪くないと思っているのだが。
妻が、そのうちウザいって言われるよ、と言う。
そうかもしれない。
2019/09/11
支援委員会、心音
今日の会議は支援委員会。
職員数の少ない学校なので、会議があれば、近藤はほとんど全てに招集される。
支援委員会は、特別な支援を必要としている生徒について、一人ひとり支援の状況を確認し、今後必要な策を講じるための会議。どの学校にもあって、ウチの学校では毎月開催されている。
「特別な支援」っていうのは誤解されやすい言葉だ。当たり前のことだけど、人間は100人いれば100人みんな違うので、全ての人がその人に合った特別な支援を受けられれば、みんな生きていくのが楽になる。
例えば近藤はどちらかというと多動気味の人なので、動き回ることを禁じられて一つの仕事を集中して毎日毎日やりなさい、とか言われると、たぶん、相当、困る。やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないんだけど、少しでも困り感が軽減するように支援を受けることが出来るんなら、それは楽だろう。
学校は基本、決まったプログラムで集団行動するように設定されているので、やっぱり辛い人にとっては辛いわけで、この人はこういう困り感があるみたいなので何か良い手は無いもんですかね、っていうのを職員で話し合うことは必要。
で、担任が特に「困ってそうな人」を選んで、10人ぐらいの職員で話し合う。
毎月やるので、前回から特に進展がない人もいるし、夏休み中に困り感が高まってしまった人もいるし、就職を前にして落ち着いてきた人もいる。
本人は困ってないんだけど保護者の方が困っている人もいるし、もう、ほんとうにいろんな人がいる。
何か卓越した解決策が出されるわけではないんだけど、まあ、でも、教育っていうのはそういうもんだろうと思う。毎日毎日、少しずつ、進んだり戻ったり。
教職員の人数が、せめてもう少し多ければ、というのは常に思う。
帰宅。
娘は保育園の運動会前で、いろんな応援を覚えてくる。
今年は金太郎組と桃太郎組に分かれて戦うらしい。
娘は金太郎組。
金太郎は坂田公時っていう人でね、と説明するが、もちろん聞いてない。
寝かしつける時に心臓の音を聞きたがるので、胸の上に娘の頭を乗せる。
聞こえない、というが、そんなことは無いだろう。
試しに娘の胸に耳をつけてみると、思ったより大きな心臓の音がする。
他人の心音を聞く機会なんて、最近なかったので、こんなに大きな音がするのだと驚く。
皮膚が薄いのかな、とか思う。
もう一度、娘の耳を自分の胸にあてがう。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と娘が言う。
職員数の少ない学校なので、会議があれば、近藤はほとんど全てに招集される。
支援委員会は、特別な支援を必要としている生徒について、一人ひとり支援の状況を確認し、今後必要な策を講じるための会議。どの学校にもあって、ウチの学校では毎月開催されている。
「特別な支援」っていうのは誤解されやすい言葉だ。当たり前のことだけど、人間は100人いれば100人みんな違うので、全ての人がその人に合った特別な支援を受けられれば、みんな生きていくのが楽になる。
例えば近藤はどちらかというと多動気味の人なので、動き回ることを禁じられて一つの仕事を集中して毎日毎日やりなさい、とか言われると、たぶん、相当、困る。やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないんだけど、少しでも困り感が軽減するように支援を受けることが出来るんなら、それは楽だろう。
学校は基本、決まったプログラムで集団行動するように設定されているので、やっぱり辛い人にとっては辛いわけで、この人はこういう困り感があるみたいなので何か良い手は無いもんですかね、っていうのを職員で話し合うことは必要。
で、担任が特に「困ってそうな人」を選んで、10人ぐらいの職員で話し合う。
毎月やるので、前回から特に進展がない人もいるし、夏休み中に困り感が高まってしまった人もいるし、就職を前にして落ち着いてきた人もいる。
本人は困ってないんだけど保護者の方が困っている人もいるし、もう、ほんとうにいろんな人がいる。
何か卓越した解決策が出されるわけではないんだけど、まあ、でも、教育っていうのはそういうもんだろうと思う。毎日毎日、少しずつ、進んだり戻ったり。
教職員の人数が、せめてもう少し多ければ、というのは常に思う。
帰宅。
娘は保育園の運動会前で、いろんな応援を覚えてくる。
今年は金太郎組と桃太郎組に分かれて戦うらしい。
娘は金太郎組。
金太郎は坂田公時っていう人でね、と説明するが、もちろん聞いてない。
寝かしつける時に心臓の音を聞きたがるので、胸の上に娘の頭を乗せる。
聞こえない、というが、そんなことは無いだろう。
試しに娘の胸に耳をつけてみると、思ったより大きな心臓の音がする。
他人の心音を聞く機会なんて、最近なかったので、こんなに大きな音がするのだと驚く。
皮膚が薄いのかな、とか思う。
もう一度、娘の耳を自分の胸にあてがう。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と娘が言う。
2019/09/10
再開
というわけで、ずいぶん時間が空きました。
この間、特別養子縁組で生後4週間の娘(現在は4歳。保育園の年中さん。)を育てることになり、一度学校現場を離れ社会教育行政に三年間携わり、その後再び高校に戻ってきました。
今の高校に勤めるようになって二年目です。
ずいぶん時間が経ちました。
高校演劇からは足を洗いました。というか、今の勤務校は規模が小さすぎて、ほとんど部活らしい部活が成立しにくい状況になっています。
演劇部は生徒1人でも演劇部だろう、とは思うのですが、働き方改革の波もあり、もはや往年のような部活動運営はできないだろうと考えています。
土日は学校に行かず(学校の合鍵すら持っていない!)、娘と遊んでいると休日が終わるという現状です。
平日も19時には家にいて、娘を風呂に入れる生活。
こういうふうな人生になるとは、思っていなかったです。
約5年間、プライベートの時間のほとんど全部を子育てに費やし、パソコンに向かって書き物をする時間も無かったのですが、ようやく少し時間が取れるようになってきました。
こんなブログは誰も読んでいない、という前提で、自分の考えを整理するために少しずつ、書いていこうと思います。
高校ですごす。再開します。
この間、特別養子縁組で生後4週間の娘(現在は4歳。保育園の年中さん。)を育てることになり、一度学校現場を離れ社会教育行政に三年間携わり、その後再び高校に戻ってきました。
今の高校に勤めるようになって二年目です。
ずいぶん時間が経ちました。
高校演劇からは足を洗いました。というか、今の勤務校は規模が小さすぎて、ほとんど部活らしい部活が成立しにくい状況になっています。
演劇部は生徒1人でも演劇部だろう、とは思うのですが、働き方改革の波もあり、もはや往年のような部活動運営はできないだろうと考えています。
土日は学校に行かず(学校の合鍵すら持っていない!)、娘と遊んでいると休日が終わるという現状です。
平日も19時には家にいて、娘を風呂に入れる生活。
こういうふうな人生になるとは、思っていなかったです。
約5年間、プライベートの時間のほとんど全部を子育てに費やし、パソコンに向かって書き物をする時間も無かったのですが、ようやく少し時間が取れるようになってきました。
こんなブログは誰も読んでいない、という前提で、自分の考えを整理するために少しずつ、書いていこうと思います。
高校ですごす。再開します。
2012/03/11
一年。
あれから一年。
今日は一日部活。
稽古に入る前に黙祷。
雨ニモマケズを朗読。
まだまだお手伝いできることも多いだろうが、褒められもせず、苦にもされず、という気持ちでいこうと思う。
14時46分、村山市では防災サイレンが鳴った。合わせて、再度黙祷。
明後日は近所の特別養護老人ホーム「ひがしざわ」さんで公演させていただくことになっている。
どのくらいのことが出来るのか分からないけど、やれるだけのことをやろう。
今日は一日部活。
稽古に入る前に黙祷。
雨ニモマケズを朗読。
まだまだお手伝いできることも多いだろうが、褒められもせず、苦にもされず、という気持ちでいこうと思う。
14時46分、村山市では防災サイレンが鳴った。合わせて、再度黙祷。
明後日は近所の特別養護老人ホーム「ひがしざわ」さんで公演させていただくことになっている。
どのくらいのことが出来るのか分からないけど、やれるだけのことをやろう。
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